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写真家・ジャーナリスト 松浦 範子さん

投稿日: 2011年7月7日

写真家・ジャーナリスト 松浦 範子さん

クルド人の思いを世界に伝えたい

国を持たない世界最大の民族−クルド人。
日本ではあまり知られていない彼らへの差別や弾圧など苦難の現実と困難の中でも明るく生きる姿を伝えるためにシャッターを押す松浦範子さん。
危険な目に遭いながらもクルド人問題にこだわる彼女にその思いを伺った。

【スティーグリッツ作品と出合って写真家に】

音楽大学卒という経歴を持つ松浦さんが、写真家を志したのは大学卒業後のこと。芸術に興味があった松浦さんは、美術品を売買するアートディーラーの勉強のためにニューヨークに渡った。そこでアメリカの近代写真の父と呼ばれる写真家スティーグリッツの作品に出合う。ニューヨークの町並みや人々を写したモノクロ写真。何気ない風景ながら、自分の感性にぴたりとはまり一気に引き込まれた。それはカメラなど触れたこともなかった彼女に、写真家になることを決意させるほどの強烈な印象だったという。
その後ニューヨークの専門学校に入学し、写真を学んで帰国、始めはアルバイトをしながら写真を撮る日々が続いた。国内外を旅して主に風景写真などを撮っていたが、今ひとつ、自分が本当に撮りたいものを見つけられずにいた。自分は写真を通して何を表現したいのか、自分のテーマは何か、そんなことを考えて自問自答している頃、たまたまトルコ絨毯を取材するためにトルコに向かった。絨毯を織るトルコ人女性を撮影しつつ現地の人から耳にした話。それはにわかには信じがたいクルド人弾圧の現実だった。

689person1【クルド人の声を届けたい】

国をもたない民族といわれるクルド人は、トルコ、イラン、イラク、シリアなど複数の国にまたがって住んでいる。彼らの居住区は「クルディスタン」と呼ばれ、もともとそこに住んでいる原住民であるにもかかわらず、国の厄介者としてしばしば弾圧や差別を受けてきた。話を聞いた松浦さんはショックを受けつつも半信半疑で、帰国後いろいろと調べてみる。そして数少ない資料からそれらが事実であることを知り、もう一度、自分の目で確かめるために現地に向かった。
現地で出会ったクルド人はホスピタリティ(もてなしの心)にあふれ、親切で優しく、快く家に招き入れては盛大にもてなしてくれた。人々は皆、陽気で明るくユーモアも忘れない。一見すると穏やかな日常がそこにあるが、実態は常に国や軍に監視されている生活。少しでも目に付く行動をすればすぐに拘束され、何をされるかわからない。クルド人たちは、日本から来た女性写真家との触れ合いに、次第に心を通わせ、危険を感じながらも、自分たちのことを話し始めた。それは自分たち民族のことを国外に伝えてほしいという熱いメッセージにほかならなかった。
クルド人のことを知れば知るほど、もっと知りたいと思った松浦さん。初めてクルディスタンを訪れてから14年、その間何度も来訪を重ね、尋問や拘束など危険な目にも幾度となく遭った。それでも自分が肌に触れ感じた、この現実を日本をはじめ国外の人々に知らせなければと思う。クルド人が自ら語ることのできない熱い思いを伝えたいと思う。いつのまにかクルド人問題は自分のライフワークになっていた。

【国境を越えた人とのつながり】

危険を冒しながらここまでクルド人にこだわるのは何故か?そこには正義感や政治的な考えなどは微塵もない。「クルド人は本当にみんな親切でよい人ばかりです。正直、最初はクルド人居住地の絵になる風景や写真栄えする顔立ちに惹かれてシャッターを切っていました。でもいろいろ良くしてもらって親しくなればなるほど、少しでもこの“友人”の力になりたいと思うようになったのです。それはきっと民族に関係なく人なら誰でも思うことでしょう。私が著書や講演を通して彼らが置かれている状況を伝えているのは、友人を思ってしているごく自然なことなのです」と語る松浦さん。国境を越えた人と人とのつながりの大切さを実感させられる言葉だ。

【写真は考える工程が楽しい】

長年音楽を勉強してきて、ピアノの先生になるのが夢だったという松浦さん。全く違った道を歩んできた今、「音楽に対する未練は?」と尋ねると「ない」ときっぱり。そこまで夢中になれる写真の魅力について「たかが写真一枚と思われるかもしれませんが、その一枚にものすごく手間をかけています。何をどう撮るか、自分はこの写真で何を表現したいのか。シャッターを切るのは一瞬ですが、その前にさまざまに思考します。その考える工程がとても楽しく、手をかければかけただけ応えてくれるので、自分の作品はとてもいとおしく感じます。自分を表現するという点では音楽も写真も同じですが、奏でたそばから消えていってしまう音楽とは違い、後々まで残るのが写真の魅力ではないでしょうか」と語る。

【人生の波風を自分の力に】

自分がやりたいことを見つけてからは一直線に進んできたその行動力には感心するばかりだが、決してすべてが順調だったわけではないという。「辛いことも泣きたくなるようなこともたくさんありました。でも今思い起こして、しなければよかったという経験は一つもありません。波風は立たないより立ったほうがいいと思っています。失敗しても立ち直れるパワーがあるうちに、失敗はたくさんしておくとよいのではないでしょうか。失敗体験は必ず自分の力になりますから。若いうちは失敗を恐れず、どんどん外へ出ていろいろなことを経験しましょう」と自らの生き方を振り返りつつ語ってくれた。
写真家として舞台写真なども手がけ、さまざまなフィールドで活躍しているが、常に頭にあるのはクルド人のこと。今後は子供向けの写真絵本なども出して、彼らの存在を広く知ってほしいと願っている。これからも軽いフットワークで日本と海外を行き来しつつ、写真家としてまたジャーナリストとしてメッセージを発信していくことだろう。

プロフィール

松浦 範子  Noriko Matsuura

千葉県生まれ。茨城県取手市在住
武蔵野音楽大学音楽学部卒業。
日本写真協会会員。
明治学院大学国際平和研究所研究員。
トルコ、イラン、イラク、シリアのクルディスタンを繰り返し訪問し、新聞、雑誌などで写真と文章を発表するほか、講演活動も行っている。
著書に『クルディスタンを訪ねて−トルコに暮らす国なき民』2003年3月、『クルド人のまち−イランに暮らす国なき民』2009年1月(共に新泉社刊)
■インフォメーション
松浦範子写真展
国境(くにざかい)に暮らす先住の民・クルド
日時:7月12日(火)〜25日(月)10時〜19時
会場:とりでアートギャラリー“きらり”
JR取手駅西口、宇田川ビル3階
※入場無料
問合せ:取手市役所文化芸術課0297-74-2141
7月24日(日)14時〜15時には、松浦範子さんとのギャラリートークが開催されます。(予約不要)

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