古布にもう一度輝きを
布が貴重品であった時代
人々は布を何度も再利用して使っていた。
物を大事にすることは使っていた人の思いや温もりも継承すること。
使い古された古布を使って織る『裂織(さきおり)』を通じて、その人の温もりを感じたい。
そして古布にもう一度輝いてほしい。
そんな思いで野口さんは今日も織機に向かう。
【「裂織」は最後まで使い切る文化の産物】
綿や絹などの繊維が貴重品であった時代、人々は古くなった衣類を切り裂いて長い紐状にして織り、再び衣類やこたつ布団などに仕立て直していた。これが「裂織」の始まり。限られた布を無駄にすることなく、最後まで使いきる文化がそこにはあった。
古布を裂いて使うため、模様の出方や厚みが一様ではない。ニュアンスのある色や風合いが人々を惹きつけ、近年では手工芸品として注目されるようになった。織られた布はタペストリーやコースター、バッグや洋服など、さまざまな作品となって生活の中で使われる。決して特別な物ではなく日常生活に溶け込む織物、それも裂織の魅力だ。
【裂織との出会い】
野口和子さんが裂織と出会ったのは教員時代。小学校の校長職にあったとき、総合学習で染色を扱うことになった。子どもに教えるためにはまず自分が学ばなければと、染色の先生のところに通い、草木染を習得。同時にダンボールなど身近な材料と古布を使って作れる裂織を知り、子どもたちと一緒に制作に取り組んだ。しかし仕事に没頭していたこの時期、現在のような未来像は考えもしなかったという。
8年前に退職し、時間に余裕ができてふと気になったのが染色や織物。再び始めてみるとすぐに夢中になった。退職記念にとご主人から足踏織機(高機)をプレゼントしてもらうと作品の幅もどんどん広がり、個展を開けるまでに上達していったという。
【古布をもう一度輝かせたい】
新しい物が簡単に手に入る現代、使わない物、不要な物はなるべく持たずにシンプルに暮らすのが格好いいという風潮がある。しかし敢えて使わなくなった物を使い、不要な物を再生しようとするのが裂織だ。野口さんが使っている古布には母が使っていた絣のもんぺや古い着物などが多い。それらは擦り切れていたり、色あせている物もあったそうだが、丁寧に畳まれ、紐を掛けられて押入れの隅に眠っていたという。裂織を知らなかったら捨ててしまったであろう古布。しかし裂織にすれば物を大事にしていた母の思いを形にできる、それが野口さんが裂織にこだわる理由だ。
「裂織は古い布をもう一度輝かせてあげるための手段なのです。私はそのお手伝いをしているだけ」と野口さんは言う。人の温もりや思いが詰まっている古布を裂き、紐にして織り込んでいく。それは布と対話する作業でもある。「『お待たせしたね』『素敵な作品になろうね』と布に声をかけ織機を動かしていると、布と共同作業をしているような気持ちになります」と優しい眼差しで語る野口さん。「古布は出会い。自分から買い求めるようなことはせず、箪笥の奥にしまわれていた古着、人から頂いた物などを使っています。きれいな色の物はそのまま使い、色あせてしまった物、黄ばんだ物などは染めて使います。ですから、欲しい色の布との出会いを気長に待っているのです。そして作りたい物の材料が集まったら織り始めます。裂織を始めてから待つ楽しさを知りました」と、ゆったりした時間の流れに任せて制作しているそうだ。
【桜は子どもたちとの思い出の色】
野口さんが裂織の傍ら行っている草木染。藍や赤麻などさまざまな植物を使っているが、とくにこだわっているのが桜だ。そこには36年間教員生活を送った野口さんの特別な思いがある。入学式に舞う桜吹雪、桜の花びらを追いかけて笑顔で駆け回る子どもたち…。桜は子どもたちと切っても切り離せない大事な思い出の象徴なのだ。そんな桜の葉で染めた布はとても優しい色合いになる。春の緑の葉は明るいピンク色に、秋の色づいた落ち葉はオレンジがかったサーモンピンクに。桜の種類によって、その年の色づき具合によって一つとして同じ色には染まらない。染めてみないとわからない色合いの妙が草木染の特徴だ。新しい色に出会うたびに「出会えてよかった。出会えてありがとうと思うのです」と草木染の魅力を語る。
【古布は子どものようなもの】
教員生活を長く続けてきた野口さんには、古布は子どもたちの姿と重なるという。「どんな子もその子なりの輝きを秘めています。そんな子どもたちの魅力を引き出し、輝かせてあげるのが親や教師の役目です。使い古された古布も同じようにきちんと手をかけてあげれば、もう一度輝くことができます。教育現場における主役が子どもであるように、裂織の主役は古布です」。そして「子どもたちが輝けるためには、その子が自ら気づき行動できるまで待ってあげることが大事です。待つことが必要なのも古布と同じですね」と“先生の顔”で語ってくれた。
【いつか子どもたちを描いた作品を】
これまでたくさんの作品を制作してきた野口さんがいつか取り組みたいのが、桜と子どもたちを描いたタペストリー。桜の木の下で元気に遊ぶ子どもたちを表現してみたいそうだ。自分の原点とも言える風景を人々の思いがいっぱい詰まった古布で表現する、きっとそれは子どもたちへの愛情に満ちた優しい作品になることだろう。
今の自分を「布や染めに生かされ、育てられています。自然の物を頂いていると思うと自分も優しくおだやかな気持ちになれます。自然体でいられる今はとても幸せです」と語る野口さん。古布の新しい可能性を見出し、その輝く姿をたくさんの人に見てもらいたい。そんな願いを胸に、これからも温もりあふれる作品を作り出していくことだろう。
プロフィール
野口和子 Kazuko Noguchi
つくばみらい市生まれ。常総市在住。
東京で育ち、結婚を機に茨城(常総市)に転居。
・白菊きもの着付研究会師範
・いけばな草月流師範
・茶道宗編流教授
・asiact認定カラーセラピスト
自宅や出張で茶道・着付けを教えている。
千姫ゆかりの寺 弘経寺(常総市)で毎年4月第2日曜日に行われる天樹祭では野点茶会を担当。
2009年、2011年、『おはなし隊』にボランティアとして参加。読み聞かせのサークルを立ち上げ、地域や小学校で活動している。1女(小3)の母。
投稿者プロフィール

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