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投稿日: 2015年10月2日

まるやま千栄堂 丸山 良三さん

「伝統和菓子職」として和菓子を通して日本の伝統を継承する

「伝統和菓子職」として和菓子を通して日本の伝統を継承する

 取手市戸頭に和菓子店を構えて40年。「まるやま千栄堂」の丸山さんと、店を代表する銘菓「とげぬき地蔵最中」が、伝統的な和菓子の製法を守り、優れた技術を有する者に贈られる「伝統和菓子職」に認定された。和菓子職人を志してから半世紀近く、丸山さんは和菓子とどのように向き合ってきたのだろう。

「地元のお土産を」の声で「とげぬき地蔵最中」が誕生

とげぬき地蔵最中

とげぬき地蔵最中

丸山さんが現在の場所で店を始めたのは1977(昭和52)年。県北の大子町で育ち、東京の和菓子店で修業を積んだ。そして、27歳で独立を考えたときに選んだのが、当時ベッドタウンとして発展著しい取手市だった。しかし和菓子と言えば饅頭や羊羹をイメージし、家で手作りすることも多かったその頃、上生菓子などの高級な和菓子は馴染みが薄く、なかなか手に取ってもらえなかった。それでも戸頭の人たちは気さくで、地元の習慣をいろいろと教えてくれた。「蒸した餅米にあんこを乗せただけのおはぎ、ぼためしを作ってくれと言われたときは、そのような食べ方を知らなったので面食らいました。(笑)」と当時を懐かしむ。
そんなあるとき、取手に移り住んだ人たちから「田舎へ帰るときの土産になるようなお菓子を作ってほしい」という声がかかった。そこで誕生したのが、地元で親しまれている「とげぬき地蔵」をモチーフにした「とげぬき地蔵最中」。お地蔵さんの型がついたパリパリの皮に、小倉あん、または白あん、そして甘露煮の栗を贅沢に丸ごと1個入れた商品は、あっという間に店の看板商品になり、取手の銘菓として知られるようになった。北海道産の小豆を使った上品なあんの甘さと、食べ応えのある栗の美味しさが好評で、今でも地方からわざわざ取り寄せる人もいるほどの人気だ。

職人ならではの味にこだわって和菓子一筋にこつこつと

丸山さんには忘れられない味がある。それは子どもの頃に食べたカステラ。まだ洋菓子が珍しかった時代、初めて食べたカステラはとても美味しく、いつか自分も作ってみたいと思っていた。また兄が和菓子職人になっていたことも影響し、自分も自然と同じ道に進んでいたという。
「店を構えてからは、あっという間の40年」と丸山さんは語るが、時代は少しずつ変化していく。和菓子を作っていてもっとも苦労するのは材料の調達だという。「小豆や砂糖、粉など、ずっと同じ物は手に入りません。豆などは国産の物が手に入りにくくなり、砂糖や塩、しょうゆなども時代と共に味が変わってきています。昔はなかった新しい素材もどんどん出てくるので、何を選び、どう使っていくか、それが難しい。和菓子職人はそのへんの手腕も問われています」と、伝統の味を守っていく難しさを語る。
「和菓子のスタイルは単純であんを包むか、あんで包むか、それだけ。材料もシンプルなので、素人でも作れます。でも職人には職人にしか作れない味がある。職人ならではの美味しさを出さなければというプレッシャーは常にあります」とキャリアを重ねた今でも、謙虚に和菓子に向き合っている。「和菓子しかできないから、それだけを一生懸命やってきただけ」と控えめに語るが、長年こつこつと取り組んできた努力が今回の「伝統和菓子職」の認定にもつながっている。

日本の伝統や行事を受け継ぐ和菓子

一升餅(誕生餅)風習を伝える店内の案内

「和菓子は日本の伝統や行事と共に生きている」と語る丸山さん。正月の花びら餅、ひな祭りの菱餅や桜餅、端午の節句の柏餅、お彼岸のおはぎなど、日本の伝統行事は和菓子と深く関わってきた。結婚式の引き出物や敬老の日のお祝いに紅白饅頭を配ったり、建前(上棟式)で餅まきをしたりなど冠婚葬祭にも和菓子は欠かせないが、そのような風習もこの10年くらいで急にすたれてきているという。とはいえ子供が生まれて1歳のお祝いに背負う一升餅(誕生餅)は今でも需要が多く、子供の幸せを思う気持ちはいつの時代も変わらないものだと感じている。そのような日本の伝統や習慣を次の時代に受け継いでいくのも、和菓子職人の重要な役目だと丸山さんは考える。「時代に合った今のお菓子を作っていくのも、伝統的なお菓子を作っていくのもどちらも大事。攻めながらも守っていかなければならないと思っています」。

四方起(よもぎが)まんじゅう

四方起(よもぎが)まんじゅう

そして数々の和菓子を作ってきた丸山さんが、とくに印象深いのが縁起物の「四方起(よもぎが)まんじゅう」。こしあん、白あん、黄身あんなど5色のあんを山芋と米粉を合わせた薯蕷(じょうよ)生地で包み、表面に金箔を散りばめたもの。試行錯誤を繰り返してあんの組み合わせや配合を工夫し、「四方八方良いことが起こるように」と名前を考え、お祝いの席にぴったりの饅頭に仕立てた。見た目の華やかさ、切ったときの断面の楽しさ、いくつものあんの味がミックスした美味しさが評判で、七五三や結婚式の内祝いに人気があるそうだ。

「あんに始まり、あんに終わる」和菓子の難しさ

長年和菓子に向き合ってきた丸山さんが思うことは「和菓子はあんに始まり、あんに終わる」ということ。「和菓子の美味しさはあんで決まりますが、あんは生き物。美味しいと思えるあんは、季節によって微妙に違います。また気温や湿度によってもあんの状態は変わってきます。だからその日その日で、砂糖や水の分量を変えて、甘みや水分を調節しなければなりません。同じおはぎでも、春のおはぎと秋のおはぎはあんが異なるのです。和菓子にはレシピというものがなく、基本的な作り方は受け継いでも、材料の配合は職人の勘が頼りなんです」と語り、和菓子の奥深さ、和菓子を極めることの難しさが伝わってくる。
季節感、見た目の美しさ、風味や食感などあらゆる技術が要求される和菓子の世界。職人の数だけ種類があると言われるだけに、確かな技術を有する「伝統和菓子職」の認定は重みがあり、「これからもお客さんに喜ばれるお菓子を作っていきたい」と意欲をみせる。

職人による和菓子づくりの様子店は息子の卯さんが後継者となり、今は二人三脚で店を切り盛りする。卯さんも「優秀和菓子職」の認定者だ。親子二代にわたって地元の人に愛され続けてきた和菓子店。変わらない味を大事にしつつも、新しい味も追及している数々の和菓子は、これからも街の人たちの生活の中にあり、季節の行事やお祝いごとに華を添えていくことだろう。

プロフィール

「伝統和菓子職」として和菓子を通して日本の伝統を継承する

まるやま千栄堂 丸山 良三さん  [Ryouzou Maruyama]

1950年、大子町生まれ。取手市在住。
東京の和菓子店で修業の後、1977年、取手市戸頭に「まるやま千栄堂」を構える。
2015年、全国和菓子協会が認定する「選・和菓子職」の「伝統和菓子部門」で、茨城県で初めて「伝統和菓子職」に認定される。