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投稿日: 2015年8月29日

取手ファイトクラブ 監督 下田 和彦さん

野球好きの子供たちを導き自分を育ててくれた野球に恩返し

野球好きの子供たちを導き自分を育ててくれた野球に恩返し

中学生の硬式野球チーム「取手ファイトクラブ」はチーム創設4年目ながら、昨年に続き、今年も全国大会出場を果たした。
監督を務める下田和彦さんは、1984年、取手二高が甲子園で優勝したときのメンバー。
「野球で恩返しがしたい」とクラブを立ち上げた下田さんが指導者として子どもたちに懸ける思いを伺った。

甲子園優勝チーム取手二高のメンバーとして

取手市民のみならず多くの茨城県民の記憶にしっかりと焼き付いているであろう31年前の甲子園。PL学園に延長戦で勝ち、「優勝旗が初めて利根川を越えた」と全国の注目を集めた決勝戦。取手二高の「のびのび野球」が話題になり、木内幸男監督の手腕が「木内マジック」と称されるようになった印象的な試合でもある。
このときのメンバーでレフトを守っていたのが下田さん。当時を振り返り「自分たちは本当にやんちゃでしたが、監督は選手それぞれの個性をよく把握したうえで、選手に合った指導や声かけをしてくれました。監督に反発したこともありましたが、後から思うと監督の手の平で泳がされていただけ。木内さんは"神"。自分が指導者になってみて、改めてその偉大さを実感しています」。甲子園での思い出も「緊張しないでいつも通りにできるよう、甲子園の厳しい規律の中、かなり自由にさせてくれました。1勝したら海に連れて行ってくれると約束して、初戦に勝利した後、本当に宿舎の近くの須磨海岸に連れていってくれた。甲子園の試合の合間に海に行ったのは自分たちくらいでしょう(笑)」と、当時のエピソードを明かす。

弱小チームから全国大会出場へ

下田さんは高校卒業後、日産自動車硬式野球部で活躍。25歳で引退し一旦野球とは離れたが、子供たちに野球を教えたいという夢を叶え、念願のクラブチームを創設した。
「闘争心を持て!」という願いを込めてチーム名を「取手ファイトクラブ」と名づけた。今年で創設4年目となり、1期生は、3年次に全国大会出場を果たし、ベスト8まで進んだ。今の3年生が2期生で、指導にあたった当初は技術的にとても未熟で戸惑ったという。「当然、新人戦はボロボロ。これからどうやってチームを作って行こうかと模索しながら春の大会まで練習を重ねました。大会直前の練習試合でも思うように結果が出なくて、全国出場なんて夢のよう。だから全国大会に出られたら、USJに連れていくという約束までしちゃったんです」と下田さん。「いざ大会が始まると1試合ごとに成長していって、2か月で別チームになりました」。決勝トーナメントでは見事な逆転劇を収めて優勝し、念願の全国大会出場の切符を手に入れる。「今年はまさか優勝できると思っていなかったので、嬉しかったですね」と顔がほころぶ。全国大会では惜しくも1回戦で惜敗したが、チームにとって次につながる大きな自信となった。

子供たちのやる気を引き出すイメージトレーニング

創設からわずか3年で、全国で戦えるチームを作り上げた下田さん。その指導法にはどんな秘密があるのだろう。「もっとも大事にしているのはイメージです。練習前や試合前には、最高の自分をイメージさせる。"できる"自分をイメージし自信をもって臨ませ、勝つことしかイメージしない。『お前らは強い』『お前らは化ける(急に上手くなる)』と呪文のように言っています(笑)」と語る。子供たちはそれぞれ目標とするプロ野球選手の写真を部屋に掲げ、常に眺めて理想のフォームを頭に焼き付けているそうだ。
下田さんが最近の子供たちに感じることは闘争心がなく、メンタルが弱いこと。自分たちの世代は、何かといえば監督にガミガミ叱られて、その度に「何くそっ」という気持ちで這い上がってきたが、今の子供たちはこちらから手を差し伸べないと這い上がってこない。試合で負けて、そのときは悔しがってもすぐに忘れてしまう。ガツガツ頑張ろうという気合が感じられない。子供たちをやる気を引き出すために、気をつけているのは子どもとの距離感。ナイスプレイや良い行動はきちんと褒め、子供たちに親しみを持ってもらう一方、厳しくするべき場面では毅然とした態度で臨み、メリハリのある指導を心がけている。

子供たちに幸せになってもらうために

野球から離れていた15年、下田さんは社会人としてさまざまな経験を重ね、多くのことを学び、視野も広がったという。自らの経験から「野球がすべてではない」と語る下田さんの、試合の勝ち負けの先にある願いはただ一つ、「子供たちに幸せになってほしい」ということ。幸せになるために大事なことは、目標に向かって努力し、目標を達成することを習慣にすること。目標が達成できるまで何度でもやればいい、だから達成できない目標はないことを子供たちに日々伝えている。
子供たちは各々の「野球ノート」に長期、短期の目標を書き、目標達成のために今やるべきこと、今日できたことを記している。必死でがんばり「俺ってスゴイ!」と思えれば自信になる。自信満々になれば負けない、負ける気がしない。勝てば自信が確信になっていく。一生懸命努力して目標を達成し、成功体験を積み重ねること。野球を通して得た体験は、野球以外の場面でも生かされてくるはず。それが下田さんが考える幸せへの近道だ。

一球で変わる野球の奥深さ

「一球で変わるのが野球」と野球の奥深さを語る下田さん。一球のチャンスを生かせるかどうかで試合は大きく変わる。と同時に、その選手の人生が変わってしまうこともある。「自分は野球をやっていなかったら全く違う人生になっていた。野球をやっていたおかげで、今がある」と過去を振り返り「野球に育ててもらったから、野球で恩返しをしたい」と、チームを立ち上げた理由を語る。
子供たちが憧れるプロ野球選手。そこを目指すからこそ、今の指導がその子の一生にまで影響を及ぼすかもしれない。「だから子供たちの人生を半分背負っているつもりで取り組んでいます」と下田さん。ときに厳しくときに優しく選手たちを見守る下田さんの視線は常に真剣で、かくも温かい。

プロフィール

野球好きの子供たちを導き自分を育ててくれた野球に恩返し

取手ファイトクラブ 監督 下田 和彦さん  [Kazuhiko Shimoda]

1984年取手二高が夏の甲子園で優勝したときのメンバー。
高校卒業後は日産自動車硬式野球部で活躍。
2011年「取手ファイトクラブ」(全日本少年硬式野球連盟所属)設立
2014年 第22回ヤングリーグ選手権大会(全国大会)春・夏連続出場
2015年 第23回ヤングリーグ選手権大会(全国大会)出場