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投稿日: 2017年8月25日

茶の石橋園・まるいし葬儀 木村 誠さん

お客さんの目線で考え、報われるまで続けるから努力は実る

お客さんの目線で考え、報われるまで続けるから努力は実る

日本人の食卓に欠かせない飲み物だったお茶だが、
近年は食生活の変化やペットボトルの普及によって、
お茶を淹れることも減り、
茶葉の消費量も減少し続けている。
そのような厳しい状況の中で、
専門店として存在感を増している「石橋園」。
その裏には、
一風変わった社長の木村さん流の商売哲学があった。

「大器晩成」を信じてとにかく続けよう

「お茶屋の社長やってますけど、
実は私、あんまりお茶飲まないんですよ」
の一声から始まったインタビュー。
木村さんの前には湯呑でなくコーヒーカップ。
「なんたって初めてお茶を淹れたのが、
店を継ぐことを考えた20歳の時ですから」と
豪快に言い放つ。
「子供の頃から、
それほどお茶が好きじゃなかったんです(笑)」。

お茶屋の長男に生まれたものの
跡を継ぐことなど全く考えず、
高校まではサッカー三昧。
卒業後は経理の専門学校に行ったものの、
その後のあてもなく、
心配した父親から、
埼玉県内に多くの店舗をもつ
「茶の矢島園」に修業に出された。
ここでの経験が木村さんを変える。
「すっごい厳しい
柳さんというパートさんがいてね、
包装が下手くそとかテープが曲がっているとか
何かと怒られて、
その度に反抗ばかりして、ケンカもしたよ(笑)。
自分と同い年の息子がいたから、
母親のような気持ちもあったんだろうなあ。
マナーとか礼儀とか徹底的に叩き込まれて」
と振り返る。
柳さんが常々口にしていたのが
「あなたは大器晩成だから、
とにかくお茶屋を続けなさい」という言葉。
「大器晩成かどうかは分かんなかったけど、
その言葉がずっと
気持ちの中にあったからやってこれた。
ホント、柳さんには感謝だよね」。

「まっちゃげんまい」を商標登録して看板商品に

家の事情もあり、
2年で修業先から戻って
家業を手伝うことになった木村さんだが、
大手のお茶屋とは何もかもが違った。
すでに業界が下り坂にさしかかっていた20年前、
主な顧客であった外商のニーズも少なく、
「暗黒シーズンの始まり」だったそうだ。
このままでは店は潰れる、
他と同じ事をやっていてはだめだ、
じゃあ自分がやれる事は何だ?
と考えた時に
目に留まったのが「抹茶入玄米茶」。
先代が開発した「抹茶入玄米茶」は、
誤って抹茶を入れ過ぎてしまった
偶然から生まれた逸品で、
抹茶が通常の何倍も入っている。
しかも抹茶は
京都の老舗「山政小山園」の高級抹茶。

ある時、店に来たお客さんが
「この前、スーパーで抹茶玄米買ったんだけど、
ここのと違って全然おいしくないんだよね」と
言われてピンときた。
うちも、スーパーの抹茶玄米と
同じパッケージを使っている。
これでは、区別がつかない。
そこでオリジナルのパッケージを新たに作り、
「まっちゃげんまい」
という商品名を商標登録した。

さて商品はできた。
ではどうやって売ろうか。
そこで生きたのが「お茶嫌いの自分」。
もし自分が客の立場だったら
お茶屋になんて行かない。
お茶屋に来ない人にお茶を飲ませるには、
こちらから届けるしかない。
そうして木村さんは、
「とにかく飲んでくれ」と名刺と一緒に
「まっちゃげんまい」を無料で配りまくったという。
石橋園の代名詞ともいえる「まっちゃげんまい」は、
こうして広く知られるようになり、
人気商品になっていった。

お茶嫌いだからわかるお客様目線のサービス

「努力は報われるっていうけど、
あんなのは嘘。
こんなに努力したのにって言うのは、
ただの言い訳。
報われるまで続けるから努力なんだよ」
と語る木村さん。
「カッコつけてるみたいでイヤなんだけどね」
と照れるが、
「とにかくこうと決めたら
努力が報われるまで続ける」
を信条にしてきた結果が今につながっている。

そんな木村さんが大事にしているのが、
「今そこにある常識を疑え」という言葉。
「当然」を「当然」と思わないこと。
違った角度から物事を見る事で、
新しい事が見えてくる。

「お茶屋なんだからお茶が好きで
お茶の事は何でも知っているんでしょ?
と思われるけど、
お茶を好んで飲まない自分だから、
ユーザー側の立場でどうしたらお茶を飲むか?
何があればお茶屋に行くか?を考える」。

「お茶以外にも
スイーツやかき氷なんかを販売しているのも、
お茶屋に来てもらうため。
店に来たお客様にうんちくを並べて
高いお茶を買わせるのではなく、
自分もよく分からないから
一緒に好みのお茶を見つけましょうよ!と、
いろんなお茶を淹れてあげる。
そんな素人目線、
お客様目線で本当の事を言うのが、
お客様を大切にするという事だと思ってるから」。

人に恵まれたことが最大の幸せ

お茶以外にもギフトや葬儀なども手がけるが、
それもみなお客様目線に立ってのこと。
葬儀の返礼品にお茶を使ってくれたお客様に、
その後の法事で
お茶以外の返礼品を用意してあげられるように、
また、まるいし葬儀も
お客様に限りなく安価で
質の高い葬儀を必ず提供できる、
という思いから始めたもの。
「人と同じ事をしていたら、
その人を越えることはできない」と
独自の信念で突き進んできたが、
その裏には「いざとなったらやめちゃえばいい」
という「強み」があったという。
「無責任にも聞こえるけど、
継承しなきゃならない老舗ってわけでもないし、
何にもないから何でもできたんだよね」
と口調は軽い。

4年前に正式に先代から引き継ぎ社長となった。
先代からは「人間関係を構築する上で、
相手51対自分49で、損する人生を生きなさい。
損して得取れだよ」と教えられた。

「自分がボスでいられるのは、
自分を理解して、自分がやりたい事を
忠実に実行してくれるスタッフと
理解ある先代のおかげ。
人に恵まれた事が、最大の幸せ」と
先代とスタッフに敬意を払う。
その上で
「スタッフには失敗を恐れずに突っ込んでほしいし、
やる気と勇気を持たせてあげたい。
もし失敗しても自分がフォローするからという
姿勢を普段から見せる事。
それがボスの役割だと思ってる」と木村さん。

人の視線はまず気にしない。
「何でこんなアホが…?こいつ本当に大丈夫か?
って思われてるくらいが丁度いい。
色んな意味で楽だし(笑)」、
それが木村さん流。
「例え社長!ボス!って
もてはやされるようになったとしても、
感覚はずっと
恐れ知らずのルーキーのままでいたい」そうだ。
「自信を持つ事は正しいが、
過信をしては絶対にダメ」。
それを自分に言い聞かせ、
今後はお茶屋としての本来の在り方も大事にし、
お茶屋としての文化を
後世に伝えていくことも考えている。

プロフィール

お客さんの目線で考え、報われるまで続けるから努力は実る

茶の石橋園・まるいし葬儀
木村 誠さん [Makoto Kimura]

1976年 旧谷和原村(現つくばみらい市)生まれ、
つくばみらい市在住
専門学校を卒業後、「茶の矢島園」にて
2年間の修業の後、家業を手伝う。
2010年 石橋園戸頭店オープン。
2013年 社長に就任
現在は、葬儀、ギフトなどの
新しい分野にも裾野を広げている。